轍《わだち》 [2/8]
ギャラリートラックの、重苦しくも前衛的な個展が好きだった。研ぎ澄まされた感性の上にある幻想的な淡い色調の個展も好きだった。週ごとに変わっていく展示物はどれも作者たちの孤独を手を変え品を変えうかがわせるもので、退屈な主婦っぽい芸術にはついぞ一度もお目にかからなかった。受付のところでもらえるパンフレットには轍《わだち》のロゴマークが印刷されていて、私はそれも好きだった。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
一年ほどギャラリートラックに通い続けて、初めてオーナーに声をかけられた。ストイックな黒のスーツに真珠をあしらった紫のコサージュ。シニョンに結った髪に落ち着いた微笑みがあり、厚子さんは私の目に四十代くらいに映った。私は酷い格好だったと思う。「はあ」と返事はしたが、ネイルが割れていたことしか覚えていない。
「閉館まで、いつも見てくださっていますよね」
厚子さんがそう言ったのは私が毎日閉館まで画廊で時間を潰していたからだ。一枚の絵の前で何時間でも意識を飛ばしていられた。個展は毎日遅くても夜の六時半には終わる。
「家に帰りたくないんです」
やつれた私を見つめる厚子さんの目は美しかった。リストカッターで精神病患者である私は、厚子さんの前に名刺の無い女として存在していた。厚子さんは一度ぐらい私の手首の傷痕を見たことがあっただろうに、手首のことはろくに聞きもしないで平然と話を続けた。
「絵画はお好き?」
私は、他者からつけられるラベルに依存して楽に生きようとしていた。ラベルを外して生きるのが難しいからそうするだけだ。特にリストカッターや精神病患者などというラベルは剥がしづらくて、自分一人ではどうにもならなかったんじゃないかと思う。
厚子さんは閉館後に私を近くのショットバーへ連れていってくれた。年配の女性と二人で飲むのは初めてだったが、私と厚子さんとは不思議と気が合ってすぐに慣れた。最初は絵画の話だったのに厚子さんが静かにこちらの話を聞いてくれるので私は自分の家庭環境やリストカットのことを話してしまった。途中何度も嫌じゃないかと確認しながら。
「別に生きているなら許容範囲よ。あなたは、何かおかしいことがあって切っているのでしょう」
「まあ、そうですけど」
「うん。それならいいんじゃない。心配はするけど、特別おかしいとは思わないわ」
話をしながら飲んだシー・ブリーズのせいで私の両手首には赤々とリストカットの痕が浮かび上がっていた。長袖の端からこぼれるのだ。厚子さんは赤いシマウマのようになった私の手首をじっと見つめ、お酒混じりになぜか微笑んだ。私は思わず言葉を失った。
「生きたい人か死にたい人か。敵か味方か。──他人の二元論には随分泣かされてきたわ。自分が二元論で決めつけられると腹が立つのに、他人も同じように考えるものだってことにはなかなか考えが及ばないものなのよね」
生きたくて死にたい人。それでいいじゃないか。善悪で区切らなくてもみんな「死ぬかもしれない人」でいい。厚子さんは私の横のカウンター席でモスコー・ミュールを口にしながら深みのある視線を奥へ流す。
「だけど大切な人ほどそれでは耐えられない。ずうっと、死ぬかもしれないだなんて中途半端なままでは」
「そうでしょうか」
「ん?」
「弱いだけだと思います。自分が傷つきたくないだけ」
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