風を追う男
Chapter2 [2/3]
大介はやりきれなさに震えるリョウの涙を見て、それをたとえようもなく美しいと思った。そしてそんなに美しいものを目の当たりにしながら心のどこかで醒めきっている自分を知った。
大介のカメラワークはいつも寸分の狂いもなかった。その時も、大介は無音でリョウにピントを合わせ迷わずに一番美しい瞬間をとらえた。シャッター音を聞いてリョウがこちらを向いた。その時大介はファインダー越しに初めてリョウの顔を見た。
かっと見開かれた瞳の中に冷たすぎる怯えが火花のように散っていた気がした。
”オマエ ナニモノダ?”
たった一瞬のことなのに、それは間違いなくうすら寒い大介の心の闇を突き抜けた。鳥肌が立ってシャッターが押せなかった。
「あんた、今俺を撮ったか」
おかしい。怯えている……?
「おい、おっさん。今俺を撮ったのか? 俺を撮るなってあんなに言っただろ。……どうなんだよ……!」
リョウが怒り狂って大介の胸倉を掴み上げる。しかし彼の怒りは強烈な怯えを隠しきれていなかった。
「俺を撮るな! あんた、あんたは何しにここへ来たんだ」
大介は自分でも気づかない混乱に襲われた。今のは何だったんだ。今感じた冷たさは。言葉にならない不安が胸から口にまでこみ上げてくる。
「今そこで人が死んだんだぞ!? あんたはそこで何を見てたんだ! 俺を撮るな! やめろっ!!」
「無理だ」
思わず言葉がこぼれた。言ってからその正確な表現に驚いた。
「俺にはお前しか見えてない。お前しか撮れない」
言葉にならないものを口が正確に翻訳する。白昼夢を見る思いだった。リョウは大介の目に妙なくもりがかかっているのを見逃さなかった。ぞっとした。それは正気の人間の目ではなかった。
(この男は酔いしれている)
とうの昔に血で濁った瞳。いたみをわすれた身体。この男の本当の姿は、外見より遥かにおぞましい。
「あんた狂ってる」
リョウは大介に面と向かってそう言うと、大介を突き飛ばして彼の前から消えた。大介は一人残されてもなお自分の感じた寒気の正体がわからずにいた。気を取り直し、死んだ兵士の写真を撮ろうとしても相変わらず正確なだけで全く興味が湧かない。
いつものように。乾ききってうすら寒い狂気だけ……。
”オマエ ナニモノダ?”
うすら寒い。自分の居場所は、もうとっくの昔にどこにもなかったような気がする。
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