風を追う男
Chapter3 [2/3]
気を失ったリョウを背負って戦場を歩き、大介はふとぬるい風の中でリョウに家族はいるのだろうかと思った。戦場の中で燃え尽きるには、リョウは若すぎる。その小さな身体に痛々しいまでの情熱を秘めてリョウは何を追いかけていたのだろう。リョウの嗅覚は、この戦場の中に少なくとも何かがあると言い続けてやまないらしい。
「俺とは大違いだな」
大介は長年の経験から知っている。人は、何のために戦うのか。
命を賭けて、殺しあってでも守らなければならない限りなく崇高なもの。そういうものを見つけに若者は戦場へ来るのだ。みな言葉にできないだけで、目指すものは同じだった。言葉にならなくても十分すぎる輝きをもって戦場の狂気は若者を強く呼び寄せ、その血で自らの輝きを無垢に洗浄し続けるのだった。
自らの意思で戦場に赴く時、彼らにとって戦争は常に尊いものだった。戦争の先にある大いなる答えを探して全力疾走する時、彼らの人生は命を賭けるに値する熱を帯びていた。
「答えなんか無いぞ」
嵌まったら逃れられない戦争の罠。人々は血を流せば流すほどに、理不尽な死を見れば見るほどに、なおさらそれに見合った答えを得るまで帰ることができない。
「だから、お前は気づかない方がいい。……それに気づいたら死ぬしかなくなるんだ」
大介は知っていた。人間は戦場に魅せられた瞬間から逃れられない地獄の中にいることを。
”答えがどこかにきっとある”
その思いを信じるしかなかった若者たちが、いつどんな風にして死んでいったのかも。
リョウは病院に入ってすぐに大量の輸血をされた。どうやら脚の傷と合わせて失血がひどかったらしく、大介は手術室の外で待たされることになる。
「あんたは大丈夫か」
あまりの汚れっぷりに見かねて医師がそう聞くと、大介は親指を上に突き出して笑った。
「それより、リョウは大丈夫か?」
「ああ。命に別状はない。半日もすりゃ起きるだろ」
脚の方も大したことはないという医師の診断に満足した大介は、そのまま手術室を後にして病院を一度出ることにした。
「それにしても信じられんよ。”あんな身体”で戦場を走り回っていたとは……おい、どこ行くんだ?」
「ミソいでくる」
「ミソぐ? ミソぐって何だね」
永らく忘れていた母国の言葉。
「──『禊ぐ』、だ。病院にこんな汚い奴は入れないだろ」
身も心も禊がねばならない。どうせ染みついた死の臭いは取れないとしても、表面だけでも清めないと病院には入れない気がした。
「待てよ。あんたあの子のことどこまで知って──」
大介の頭は汚れと疲労であまり働かなくなっていた。あくびをしながら無視して歩き出すと、医師はそれ以上彼を引き止めなかった。
……「撮らなきゃ駄目なんだ」……
軍の安い石鹸で、身体を洗う。お粗末なシャワーで打ちつけるように顔をすすいだ。
大介の身体にはたくさんの傷跡があった。戦場でついたものだけではない。母国にいた頃からわけもなくなにかと身体を痛めつけた。喧嘩を嗜み、子どもじみた悪戯に気ままに身を任せ、”どんな所へも歩いていった”。
戦場に来てからはそういうことをする気が失せた。戦場にいる時以外はかなり常識人として生きられるようになった。思うに、自分は一般庶民として安穏に暮らす資質には恵まれていないのだろう。欲望を意味もなく抑えて成り立つ平和など、一蹴して省みることすらしなかった。いつ死んでも構わなかった。また、いつ死んでもおかしくないはずだった。なのにまだまだ自分は不具にもならずに生きている。
「神様は俺に何かさせたいことでもあるのかね?」
気絶する前のリョウの言葉が頭をよぎる。
「撮らなきゃ駄目なんだ」
リョウの根本ともいうべき言葉。そこには応援せずにはいられないひたむきさがあった。とりあえず、今死ぬとしたならあの言葉のために死ぬだろうなと思った。
しかし、ここで事態は思わぬ方向へと転がり出すことになる。病院に戻ってきた大介を最初に迎えたのは、リョウではなく渋面をした医師であった。
「さっき軍の連中が来たぞ。あの子の従軍許可が取り消された」
「あの子?」
医師が大介の呆けぶりにしびれを切らす。
「リョウだよっ! リョウ・サワラだ!! あの身体診た時におかしいとは思ってたんだ……」
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