風を追う男
Chapter3 [3/3]


 大介は、一瞬医師の言ったことを理解できなかった。
「え?」
 医師は医師で”疾風”の正体に驚き、何も言えない様子であった。リョウは今の今まで気を失って病院にかつぎ込まれたことがなかった。だから誰も知らなかったのだ。リョウが人に写真を撮られることを嫌がる、本当の理由を。
「こちらの都合上、手術の前に全身調べさせてもらったんだ。他にも傷があったら治さなきゃいかんかったからな。そしたらぶったまげたよ。あるべき所にあるべきモノがついてなかったんだもんな!」
 医師らしからぬ卑隈な言い回し。そうでもしなければ、処理しきれなかったのであろう。
「男じゃなかったんだ。リョウはれっきとした女だったんだよ」
 質の悪い冗談みたいな話だった。
 大介は今までの自分の記憶を猛スピードで大量に回想し、医師の話がいかに自分の真実と程遠いか再確認した。自分は一杯食わされたのだ。そう思うと医師の冗談がおかしくてしょうがない。思わず失笑した。
「そこまでリアリティのないジョークをそんな深刻そうな顔で言われるとは思わなかったな。あんた役者の才能もあるんじゃないか?」
 ところが医師は「ばれたか」と言わない。
「あんたでさえわからなかったんだ、他の連中にわかるわけないさ。もっとも本人に訊いても口が裂けても言わないだろうがね」
 嘘には見えない面持ち。それを見る大介の思考はだんだん混乱をきたしてくる。
 ホルモン注射らしき痕がある。ストレスを極度に蓄積していなかったか? 何より、あいつの胸は胸筋が削げ落ちているじゃないか……
 ……医師が嘘で冷汗など垂らすだろうか? 大介はそれ以上医師の話を聞くのが怖くなった。
「おい!」
 医師を無視して病室に入った。リョウはきちんとそこにいた。洗いざらしのシャツをまとい、大介が現れたのを見てベッドの上でいつものように愛想のない面を浮かべている。
「よう大介さん。何しに来たんだよ。写真はやめろよ? こっちは今走れないんだからな……」
 顔を見るなり大介は短刀直入に言った。
「お前女か?」
 珍しく自分としたことが、真剣な顔をした。馬鹿にされて笑われるのが当然だと信じた。

「は? ……大介さん、何言ってんの?」
 リョウは吹き出し笑いを出そうとして、出せなかったらしい。取り繕うように意地悪く笑う姿に内心愕然とした。
「俺はれっきとした男ですぅ。第一、あんたこの身体見て何で女だなんて思ったの」
”胸筋が削げ落ちている”。
 注射の跡は自分には解らない。ストレスは問うまでもない。確かめられるのはそこしかない。
「上だけ脱いでみろ。男ならできるだろ」
 明らかに凍りついたリョウの顔。空気までがしんと静まりかえり、沈黙が部屋を真空状態にしていった。
「なるほどね。あんたまで疑うのか。俺を女だと。残念だったね。俺は男だよ。シャツ脱ぐくらい、何でもないさ」
 リョウはその場で潔くシャツを脱ぎ捨てた。
「さあ、好きなだけ見ろよ。これのどこが女の上半身なのか証明してもらいたいね。それで納得したらさっさと帰れ。俺は死んでも戦場に行くからな!!」
 貧弱、な、上半身。
 リョウの胸には女の証明などなかった。あるのはただ胸を覆い尽くす大きな傷跡と、あばら骨だけ。もともとリョウの上半身にあった筋肉はどこへ行ったのだろう。あの素晴らしい疾走を支えるだけの呼吸などとてもできそうにない。
 大介はそれ以上言葉が出てこなかった。リョウの顔を見ると、リョウは今にも噛みつきそうな凶暴な顔をしていた。それ以上近づけそうになかった。カメラで撮ったらきっと殺されるだろうと思った。
 大介は黙って病室を出ていく。後ろからリョウが医師や看護婦に噛みついているのが聞こえた。
「俺は女なんかじゃない! 戦いに行かせろ――っ!!」
 見なければよかった。あんな姿など。ちっともプロがやったように見えない、凶々しい傷跡。まるで、まるで――



 ――まるで乳房を根元から切り落としたような――……。

次章[#] 前[*]
戻る[1]
Copyright © 2009 桔梗鈴