風を追う男
Chapter4 [2/3]


 どうしてリョウは女であることを捨てたのか。大介はそれを訊ねる必要を感じなかった。ただ、リョウが自分の中で女という性別を与えられて自分の中に僅かに甦った感情がひずんでしまうことを恐れた。リョウが男で通す気ならそれでいい。女だと告白しても受け容れる。
「俺はな、本当のところお前さんが男か女かなんてどうでもいいんだ。ただお前が綺麗だから撮りたかった。それだけ」
 あれから飽きるほど同じ台詞を繰り返した。最初は枕元の皿を投げつけられて頭から血が出た。一週間くらいは「死んじまえ」と怒鳴られ、それが二週間かけて「出ていけ」から「しつこいぞ」になり、今日は何も言われなかった。
 毎日毎日真剣にリョウを口説いていた自分が可笑しい。血まみれでスツールに座ったまま笑ってしまう。
「落ち着いたんだったら出てけば。気でもふれたか」
「ああ。どうせもともとイカれてる」
 呆れたような、見下すようなリョウの瞳がたまらなかった。今ではそんな視線さえ誇りの裏返しなのだと思うようになった。リョウは男か女というより「少年」という表現が最もよく似合う。ノースリーブにトランクス一枚のさっぱりしたいでたちで、小さな見知らぬ来客とたわむれる姿。それは一匹の虫であったり、風であったり、戦争で何かを失った子どもたちであったりする。
「今日は誰も来ないな」
「そりゃあね。あんたがいるから。あんたみたいな血まみれの大男がいたら怖いだろうね……」
 リョウにかじられた林檎がみずみずしい音を立てた。大介が喉の渇きを覚えていると、リョウは林檎を半分ほどかじって残りをぽいと彼によこした。
「お前は怖くないのか」
「別に。あんたはイカれてるし、しつこいし、変な臭いがするけど……そういう人なんだろ。それだけ」
 かじった林檎が口内を洗っていった。林檎の欠片はそのまま喉を洗い、自らを血に染めて胃を洗っていく気がした。

「今日もまた人が死んだ」
 今ならこの声は穢れていないような気がする。穢れた肺からの息を喉が浄化してくれると思った。
「『死んだって伝えてくれ』だとさ」
「……どんな人だった?」
「忘れた。もう覚えてない」
 リョウの表情が歪む。自分がいとおしいと思ったあの顔。リョウが何も言えずにいると、大介は血に塗れた顔で目の前の風をいとおしんだ。
「生きてて心の綺麗な人間に、長いこと会ってなかった」
 みんなあっという間に死んでしまう。
「お前はもうくにに帰れ。お前が死ぬのは見たくない」
 そしてお前が死んでも、俺はやっぱりお前を忘れるだろう。自分だけがここに残るのにふさわしい。
 しかし大介の見ている前で風は眉をしかめ、頬を上気させた。
「俺は戦場に行く」
 かたく結ばれた口元。揺るぎのない深く澄んだ瞳。
 ……そういう意志の強さも自分は愛でたのだ。わかっていて溜め息が出た。

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