風を追う男
Chapter4 [3/3]
狂気と正気の間を淡々と行き交う日々。大介は毎日当然のようにリョウの病室に通いつづけた。リョウももう大介に帰れとは言わず、代わりに窓の外の戦場を眺めて早く走りたいという思いにとらわれているようだった。
大介はリョウがただそこに居るだけで綺麗だと思う。しなやかに伸びた背筋。リョウが男だったとしても、やっぱりその思いは変わらないだろう。
「そんなに走りたいか」
窓の外には果てしなく戦場が広がっているのに。それでも、平和な所に「閉じ込められる」よりはましだと思う。眩しくて清々しい地獄の呼び声。風の光。太陽の音。
「走りたい。早くあっちへ行きたい」
殺戮を繰り返す狂気という名の酸素。
「そんなに早く死にたいのか」
「違う。俺が俺を出し切って生きるために」
こんな狂った場所で命の灯を消して欲しくないと思いながら、いとも簡単に晒される本音に狂喜している自分。もう一度あの戦場で走る風を見てしまったら、自分はもう二度と「帰れ」とは言わないだろう。
「どうせ止めても行っちまうんだろう、お前は。そんなに行きたいなら行けばいいさ」
時々自分の口は正確にものを言う。言ってから大介は自分の口を呪う。もう遅い。
もし、リョウが戦場で死んでしまったら?
自分は儀式のようにその死に目を看取るのだろう。ネームプレートの代わりに何かしら名前の証明を剥ぎ取り、「何か言い残すことは」と訊ねる。そしてキャンプに帰る前に忘れているだろう。むしろ、リョウが動かなくなった時点で大介は”それ”が誰だったか思い出せなくなっているに違いない。
そこまで堕ちた自分の暗闇と向き合いたくない。死んでしまったら自分では愛せない。だからなりふり構わず生きていて欲しいのに。
「ありがとう」
なのにどうしてお前は、そんなに嬉しそうに笑うんだ。
初めて自分に向けられた笑顔に心が軋むのがわかった。
二日後、リョウは大介と二人きりになったのを見計らってまたしてもあの笑顔を大介に向けた。
「明日の夜、ここに来て」
ここで自分と話してるふりをしていて欲しい。大介がどれだけ内心塞ぎこんだかも知らずにリョウは続ける。
「夜のうちに逃げる。あんたとも、そこでお別れだ」
大介が話を続けている間に窓から出ていく気らしい。あまりにも手前勝手な逃げ方に大介は思わず我を忘れた。
「お別れって何だ。俺はどうなるんだ!」
湧き上がる感情。我ながら見苦しい言い方をしたとは思う。けれども今回はさすがにリョウも大介を責めなかった。
「あんたには済まないと思ってるよ。でもあんたにしか頼めない」
悪意のなさに余計に腹が立つ。それなのに逆らえない。暗い感情が外に出ていかずに、自分の身を巡る痛み。奴隷のように悦んでしまう心を見透かされている気がする。
「……戦場に残りたいなら俺に追いかける権利ぐらいよこせ。それができないならさっさとくにに帰ってくれ……」
「ごめん。どっちもできそうにない」
抵抗すればするだけ自分の醜さが目立った。止められるわけがないのに。
「あんたを信用して打ち明けた。協力するのが嫌なら軍の連中に話せ。どうせあんたの助けがなきゃ、逃げられない」
リョウの捨て身の言葉の前に、大介はついに折れた。
次章[#] 前[*]
戻る[1]
Copyright © 2009 桔梗鈴