風を追う男
Chapter6 [2/3]
それは街に突き刺さり、大介は衝撃波に吹っ飛ばされ、起き上がると爆発で何人もの子どもが血を晒して倒れていた。「NO」と兵士たちが絶叫する声がきこえる。平和を踏みにじって狂気が笑いながら舞い上がる。
この国では何度もそういうことがあった。もう慣れている。”またか”と思って轟音に負けた耳を治す。二台のカメラを掛けたままで花を売ってくれた少女を捜しに行く。リョウがいたらどんなに哀しんだだろう。この光景を。いなくなった子どもを捜して母親たちが泣き叫ぶ。大介は高射砲の爆発した場所を一通り巡って少女を捜した。途中で少女の母親らしき女性と会った。
「ここで花を売っていた子を知りませんか」
手分けして少女の姿を捜す。どこにもいない。きっと上手く逃げたのだと安堵した時、足元に何かがあたった。同じ花籠を持った少女の腕だった。
混乱に乗じて軍のジープに乗り込んだ。
「どうして。何でなんだよ。やっと帰れると思ったのに!!」
みんな泣いている。誰もが本当は故郷へ帰りたいのだ。そうして泣きながら人を殺してゆく。
「故郷に帰りたい」
戦争なんかやめたい。誰もがそう願いながら得体の知れない大きな力に負け、戦場へと連れてゆかれる。
いつからだ。いつから、自分は狂気に慣れた?
二台のカメラを抱えて戦場を全力で走りぬけた。誰もが泣きながら走っていた。「帰りたい」と泣きながら戦場を駆け抜け、地雷や銃弾に壊されてあっけなく死んでいった。名前のない人間は一人もいなかった。なのに足元には名前のない死体が数え切れないほどちらばり、自分たちにはそれを当たり前とする思考があった。
狂気は恐ろしく巧妙な手立てを使っていた。狂気はまず名前を剥ぎ取った。そうしていくつもの死が、涙が、名前と共に消されていった。
名前のない人間なんか一人もいなかったのに。
みんな泣いている。風の心が見える。
ずっと、リョウにカメラを届けることだけを考えていた。それが自分の果たすべき義務だと思っていた。今なら風のように、自分も疾く走れるのだろうか。
大介は束の間狂気から開放されていたのかもしれない。実際その時の彼は信じられないほど速く走った。走れば走るほど自分に当たる風は冷たく哀しいことを知り、リョウがどれだけの哀しみの中にいたかを理解していった。祈るように走りつづけた。狂気にリョウが飲み込まれてしまわないように。
風が導くように吹いてくる。草原の向こう側に、ぽつんとちいさな少年が見えた。ひざまづいて誰かの名を必死で憶えようとする顔。ああ、また誰か死んでしまったのか。
大介の視線の先でリョウは誰かの死に目を見取っていた。カメラもなく、ただネームプレートを剥ぎ取って声を聞く。いつもの姿だった。自分が愛したリョウの姿だ。カメラなら、ここにあるぞ。
そう言おうとした時草原の向こうで敵軍の兵士が起き上がった。気がふれてしまったのだろう。兵士は銃を構えて笑っていた。
大介のように狂っていた人間には解る。名前のない命の軽さ。それを殺すことの、たやすさ。あそこで笑っている兵士もまた戦場の真実であり、彼にも名前はあった。あるはずだった。
どうして恐怖より哀しみを覚えたのかは知らない。
短銃を抜いて即座に発砲し、注意を自分に向けさせた。リョウを守るためだった。やむなく連射して頭を打ち抜いた。兵士の頭が血を吹くのと同時に自分の腹を何かが貫通する。リョウが振り向いて息を呑む。ふと自分の腹を見ると、あっけないくらい簡単に血が溢れ出ていた。
次[#] 前[*]
戻る[1]
Copyright © 2009 桔梗鈴